日下武史のwikiプロフィールや経歴は?死因や病名についても!

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劇団四季の創設メンバーの一人で、中心的存在として活躍した俳優の日下武史(くさか たけし)さんが5月15日に療養先のスペインで亡くなられました。

正直、僕もあまり日下武史さんのことは知りませんが、あの日本最大の劇団である劇団四季の創立メンバーの1人だったと聞いてビックリしました。

今回の記事では、日下武史さんの功績を讃え、wikiプロフィールや経歴、死因や病名などについてまとめていきたいと思います。

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日下武史さんのwikiプロフィール

日下武史 俳優 劇団四季

名前:日下武史(くさか たけし)
本名:日下 孟(くさか たけし)
生年月日:1931年2月24日
没年月日:2017年5月15日
没年齢:86歳
出身:東京都豊島区
身長:168cm
体重:60kg
配偶者:木村不時子
所属:劇団四季
引用:Wikipedia

日下武史さんの経歴

日下武史さんの小学校時代、幼少期の記録はありませんが、中学は慶應義塾普通部に入学。

この時、日下武史さんは同級生よりもかなり老け顔だったことから、「御仏(ぎょぶつ)」というあだ名で呼ばれていたそうです。

「御仏」の意味はたぶん仏様とか仏像とかそんな感じだと思いますが、あだ名にも時代を感じますね。

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そのままエスカレーター式に慶應義塾高等学校に入学し、在学中の浅利慶太さんとの出会いや、劇作家の加藤道夫に師事したことがきっかけとなって演劇の道を志します。

大学もそのままは慶應義塾大学文学部仏文科に進学。

大学2年生の時に演劇活動をスタートさせ、この時に浅利慶太、水島弘、藤野節子、井関一さんらと劇団四季を結成します。

劇団四季の旗揚げ公演は1954年、ジャン・アヌイ作の「アルデールまたは聖女」で、これ以降、長年に渡って劇団四季の主要メンバーとして第一線でご活躍されています。

映画やドラマ出演は少ないですが、日下武史さんを語る上で欠かせないのが声優、ナレーターとしてのお仕事です。

日下武史さんほどの方が、なぜ映画やドラマにあまり出ていないのか不思議ですね。

きっとオファーはたくさんあったはずですが、きっと本人なりの何か理由があったんでしょうね。

一方、私生活では2009年に前妻が亡くされていますが、2010年末に同じ劇団四季所属の女優・木村不時子さんと再婚されています。

同じ劇団ということはいわば戦友みたいなものですから、きっとお互いを心から信頼しあっていたんでしょうね。

日下武史さんの死因や病名

日下武史さんの死因や病名は、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)です。

この誤嚥性肺炎はどのような病気かというと、唾液や胃液と一緒に細菌が肺に流れ込んでしまうことで起こる病気です。

「誤嚥(ごえん)」とは、何かを食べたり飲んだりした時にそれが食道ではなく気道に入ってしまうことをいいます。

普通に生活していても、何かの拍子に食べ物や飲み物が気管に入ってしまって、ゲホゲオとむせてしまうことがありますよね。

これが「誤嚥」です。

元気な人であれば、「ゲホゲホ」と咳き込むことで気管に入った物を吐き出せますが、吐き出す力が弱くなってしまっていると、気管に入ったものを出すことができなくなってしまいます。

そうなると、そのまま細菌が肺に入って繁殖し、高齢者や体力、抵抗力の落ちている方は誤嚥性肺炎を引き起こしてしまうというわけです。

日下武史さんも御年86歳だっということですから、そういった経緯で亡くなられてしまったんですね。

心より生前のご功績を讃え、ご冥福をお祈りいたします。

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