元横綱・佐田の山親方の経歴や息子について!舞の海との関係は?

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第50代横綱・佐田の山で、日本相撲協会理事長も務めた市川晋松さんがお亡くなりになられました。

4月27日に79歳で息を引き取ったとのことですが、死因は肺炎でした。

日本相撲協会に数々の功績を残した元横綱・佐田の山親方ですが、ご活躍されていたのがもう何十年も前ということで、この方と全く知らないという方も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、元横綱・佐田の山親方の経歴、息子さん、舞の海さんとの関係をご紹介しながら、その功績を振り返っていきたいと思います。

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元横綱・佐田の山のプロフィール

元横綱・佐田の山 経歴

四股名:佐田の山 晋松
本名:市川(旧姓:佐々田)晋松
愛称:ノッポの晋松・出羽三羽烏
生年月日:1938年2月18日
年齢:79歳
出身:長崎県南松浦郡有川町
身長:182cm
体重:129cm
所属:出羽海部屋
引用:Wikipedia

1938年に長崎県南松浦郡有川町で船大工を営む家に生まれた元横綱・佐田の山親方。

小さいころから、大の相撲好きだった父親から、郷土の英雄の五ツ嶋奈良男の話を聞かされた上に土地相撲に連れて行かれる内に大相撲にしょっちゅう連れていかれるという子供時代を過ごしました。

当然のごとく角界入りを希望するようになる元横綱・佐田の山親方でしたが、母親からは猛反対されたそうです。

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元横綱・佐田の山の経歴

1956年1月場所で初土俵。

1960年3月場所で新十両昇進、1961年1月場所で新入幕を果たしました。

9月場所で小結を通り越して関脇へ昇進。

1962年3月場所、横綱・大鵬との優勝決定戦に臨み、見事勝利して2度目の幕内最高優勝を果たすと同時に大関昇進。

1965年1月場所には3度目の幕内最高優勝を達成して横綱に昇進しました。

元横綱・佐田の山の息子

「佐田の海」の画像検索結果

ネット上では元小結の佐田の海が息子だと言われているようですが、佐田の山親方と佐田の海はあくまで師弟関係で、息子ではないようです。

佐田の海は1970年代末から1980年代前半にかけて活躍した力士でしたが、その時に所属していたのが元横綱・佐田の山が親方の出羽海部屋でした。

佐田の山親方をはじめとする個性溢れる兄弟子達に鍛えられて順調に番付を上げ、1978年3月場所で新十両に昇進し、1980年11月場所で新入幕を果たしました。

現役当時の体格は182cm、132kgで得意手は右四つ、寄り。

もろ差しからの速攻を得意とした技能派力士で、1982年1月場所で小結に昇進。

しかし、肘を故障してからは成績が低迷し、肘の手術に踏み切ったものの回復せず、幕内最終場所となった1988年3月場所では15戦全敗を記録し、同年7月場所中に未練を残しつつも引退を表明しました。

舞の海との関係

「舞の海 」の画像検索結果

元横綱・佐田の山親方に関しては、舞の海さんとの関係がよく検索されているようですね。

そこで、佐田の山親方と舞の海さんの関係を調べてみたところ、どうやらこちらも師弟関係のようですね。

佐田の山が親方を務める出羽海部屋に舞の海さんも入門し、相撲のイロハと叩き込まれたそうです。

そして、舞の海さんが引退を決意した年は運悪く年寄名跡籍が余っていなかったため、今後の進路で大きな壁にぶつかりました。

しかしそんな時、元横綱・佐田の山親方から

「大相撲界を中で支える人間も大事だが、外から支える人間も大切だ。お前だったら出来る」

と言われ、お世話になった相撲界を去ることを決意したそうです。

信頼関係のある師弟関係ならではのエピソードですね!

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